生徒指導にとまどう先生をサポートします。指導なし。現状把握・アイデア湧出のお手伝いから。
コーチングネーム  たか♪  

本   名  鈴木淑子    

1969年 静岡県に生まれる

1988年 二松学舎大学入学。
      平安時代について学びつつ、書作活動の日々を送る。

1992年 中学・高校国語の免許を取得し卒業するも、
      教員採用試験に落ち浪人生活に入る。
教職を辞して、生徒や自分に厳しすぎた自分をさらに責めながら半年すぎた頃、

「自己発見」のためのワークショップ(活動型講習)に参加しました。

兵庫県のあるキャンプ場で2泊3日の濃密な時間でした。

そこで

「私の原動力は『真の教育』であり、それを支えるものは『真の愛』だ」と気づきました。

さらにその1ヶ月後、その時の仲間ともう1つのワークに参加した時、

最後の瞑想中にある情景(未来の私の生活)が驚くほどはっきりと浮かび上がりました。

その発表を聞いた仲間の1人が

「あなたのしたいことは、コーチングでできるかもしれないよ」

とアドバイスしてくれたのです。


『コーチング』という名前を聞いたのはこれが初めてでした。


早速ネットで地元の学校を探し、ヒットした学校の初参加の日が偶然にも最初の単元の授業。

その授業で偶然となりに座りセッションのペアを組んだのが、高校を退職後、短大で心理学の

講師をしている方でした。

多くを語らずとも現場で感じてきたことを理解してくれ、受けとめてもらえたように

感じた私は、そのたった3時間でまた少し自分を認め、前進していく勇気を得られたと

実感しました。

それからもう一度の体験入校を経て入校し、今に至るわけですが、

授業やそれ以外の場での練習セッションによって、お相手よりもまず自分がコーチングの恩恵を

被ってきました。冷静に自分やその状況を見つめ直すことができるからです。



そして、今さらながら思います。


もしも現職中にコーチングを学んでいたら、

もっと子ども達の望む指導をすることができていたかもしれない。


もしも現職中にコーチングを受けていたら、無駄な苦しみを減らしてもっと教育を

楽しめていたかもしれない。



これがコーチングとの出会いです。
私が教師だった頃もっとも悩まされたのは、他教員と私の間でおこる、生徒に対する感じ方や

接し方の違いでした。

 素行が悪かったり可愛げのある態度をとれない生徒が自ら招く誤解により、どれだけ特定の

先生方の機嫌を損ねたことか。「きっと誤解があると思うんです。」の一言に

「お前は俺に刃向かうのか!」とキレたり「アンタは先生なのに生徒を味方するのか」と言う先生も。

その反応が信じられず、愕然としたこともありました。

「どうせアイツらは何を言っても変わらない」との言葉に対して怒りで震えたり、

おざなりな指導だけで「何回言ってもわからない」などと言い放つ先生を自分の中で見限ったり。  


今思えば少し滑稽でさえあります。笑


 もしもその時にコーチングスキルを知っていたら、

またはコーチと共に状況の振返りができていたとしたら、

相手の言葉に傷つかずその気持ちも汲み取った上で、対象の生徒の指導について共に協力でき、

生徒の成長を早められたかもしれません。



 また、例えば大会直前に生徒が気弱になったりやけになったりした時には、

たいがいは大声を上げて活を入れることでその場を乗りきってきましたが、生徒たちが自ら

モチベーションを上げられるように育てることなどに時間を割きませんでした。

 もしもその時私にコーチが付いていたら、その子ども達に割く時間を作り出し、根気よく

育て続ける方法とモチベーションを得ていただろうと思います。



現場では、とにかく「時間が足りない!」と感じ続けていました。

必要な指導・準備に割ける時間がなく、常に時間に追われ続けていましたが、ひょっとしたら、

無駄な時間の整理はできたかもしれません。

 また、生徒・保護者・他教員・学校管理者が何を求めているのか見えなくなったことも頻繁にあり

ましたが、それも状況を冷静に整理すれば、多くのことに気づけていたでしょう。



 とはいえ、あの激務の中では、独りでは確実に無理でしたよ。ええ、絶対に。笑
 私の使命は、先生方のサポートを通して、子ども達の教育に貢献することです。

 子ども達に関わる大人が安心感と自信を持って生き生き活動するためのサポートをしたいのです。



 大人はそれぞれの立場で子ども達との関わり方を模索し、責任をかぶせ合い嘆き合っています。

 そのなかでも非難の的になりやすいのは 学校の先生 。


 たしかに、世の中には教育者にあるまじきことをしている先生もいます。

 すべての先生が万民向けの優秀な先生ではありません。それは事実ですが、

 多くの先生は、自分にいわれのない事柄に対する非難の目にじっと堪えたり謝ったり、恐れを

いだいて、すべきことをしにくくなっています。


親たちも苦しんでいます。もとをただしていけば社会全体の問題になるわけですが、

その社会に生きる大人たちの行動が、子ども達を育てるためではなく 自分を守るため という

基準に則っているからこのようになるのだと感じられてなりません。


あなたの生徒たちとの関わり方が、あなたにとって満足できるものでありますように、そしてそれが

あなたの可愛い生徒たちにとって本当の実りにつながりますように。



そのために私もお役に立ちたいと願っています。



私は、体に表れていた危険信号を長年無視し続けたために体を壊しました。

今現場にいる先生たちには、ただがむしゃらに頑張り続けたために体を壊した自分のようになら

ず、もっと効果的にご自身を生かした いい教育をしていただきたい。


そうしていただけるように最善のサポートが出来た時初めて、私の経験が生きることになります。

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1993年 地元私立高校に就職。
       常に校内を走り回り、怒声を上げるオニババ教師となる。  →教師時代の私

2004年 夏休み明け前日に緊急入院・手術等を経て2ヶ月間療養する。
      その間に、教師として・人間としてのあり方について考える時間をいただく。
      現場復帰時に生徒の成長を強く感じられ、退職を決意する。

2005年 退職と同時に筆耕士修行に入る。
      秋頃‘ソース’のワークショップに参加し、その過程でコーチングを知る
      コーチングアカデミーにて学びつつ、
      自分なりの青少年育成への関わり方を模索する。

2006年 筆耕士修行と同時進行にて、毎月15名ほどとコーチングセッションを重ね続ける。
      
2007年 国際コーチ協会認定ポテンシャルコーチ資格取得。

現 在   進行中のクライアントの多くは教職とは無関係だが、
      今も尚、教職現場の一端を知るコーチとして現場の先生方の役に立ちたいと強く願う。

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